麺屋しゃがら、三条市にオープン! 背油ラーメンの魅力

今週のお題「盛り」

大盛り+10円、特盛り+20円

本日4月21日、新潟県三条市に麺屋しゃがらがオープンしました。燕三条でよくある背油ラーメンのお店です。全国ご当地麺と言えば、というクイズ番組では背油ラーメンはランクインしていませんでした。まだまだ認知度は低いのかしら。

背油ラーメンは見た見た目は背油がどっさり入っているので脂っこそうなのですが、実際食べてみると意外とさっぱりしています。そして当たり前ですが、店舗によって味も違うわけで。燕市杭州飯店、加茂市成龍三条市のバス長ラーメン辺りが定番ですが、私は同僚に勧められて入ったしゃがらが一番のお気に入りです。

他の店舗とどう違ってうまいのか、というのは個人の好みの問題なので書いて説明する事は難しいのですが……。行ける人は実際行って食べてみてください、としか書けない事をお許しください。

場所的にはラーメン激戦区と言われている所で、車が入りにくく出にくいために立地もあまりよくありません。でもそんな事は関係ないのですね、駐車場は満車で順番待ちの行列ができていたほどです。しかし人手不足が原因なのか、数年前に閉店してしまいました。

その後も別の店に何度か変わったのですが、満を持して再びしゃがらがオープンしました。しゃがらといえば、大盛り+10円、特盛り+20円という、がっつり食べたいという人には嬉しいリーズナブル価格です。特盛りの量は以前よりも減ってしまったようですが、それでも有難いです。今度は長く続いてくれる事を切に願うばかりです。

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モバイルWAONを使ってみる、現金チャージ・WAONPOINTダウンロード・電子マネーWAONへのチャージまで

モバイルWAON

モバイルWAONの現金チャージは可能

WAONカードでの現金チャージのやり方は調べるといろいろ出てきますが、モバイルWAONでの現金チャージのやり方はあいまいなものしか出てきませんでした。

結果としては、WAONチャージャーminiで普通にチャージできました。

https://www.waon.net/terminal/chargermini/charge/

そもそもカードを置くところ自体がスマホ用の作りに思えました。ちなみにスマホAQUOS sense4。おサイフケータイアプリのnanacosuicaセブンイレブンでチャージしていますが、上下をひっくり返さないと読み込みません。WAONチャージャーminiでも左右に少しずらしてやっと読み込みました。

現金チャージは一度に紙幣一枚までのようです。さすがに1000円札のみ、という事はないでしょうが、クレジットカードチャージを推しているのはどこも同じですねえ。

モバイルWAONのメイン画面の画像

モバイルWAONのメイン画面。支払い時の「ワオン!」と鳴るのが少し恥ずかしい。

昼食費の節約にとコンビニからイオンへと変更しました。suicaもイオンで使えたのでモバイルWAONを入れなくても良かったのですが、モバイルWAONを入れたメリットは大きいです。

  • WAONPOINTが200円ごとに2ポイントつく
  • 20日、30日はお客様感謝デーで5%引き

基本安い弁当しか買いませんから恩恵が少ないですが、月・年単位だと馬鹿にならない金額になります。

WAON POINTと電子マネーポイント

ただ、WAON POINTと電子マネーポイントがあってややこしいです。WAON POINTもダウンロードしなければならず、そこから電子マネーの残高へチャージする必要があります。WAONチャージャーminiやWAONステーションなどでも一連の操作はできるようですが、客の少ない早朝にあまり長時間機械をいじると不審者として通報されそうです(笑)。

コンビニとスーパー

こうして日常の買い物先をコンビニからスーパーに変えたわけですが、私一人くらい失っただけではコンビニは痛くもかゆくもないでしょう。店舗に止まっている車の数からも盛況ぶりはうかがえます。高いのに客足が途絶えないのは、企業戦略の上手さゆえでしょうか。確かにトイレを借りれる、公共料金や自動車保険の支払いなどもできる、コーヒーやスイーツもおいしい、店舗もキレイといった点はあります。しかしここ最近の物価高騰、日用品だけではなく車のタイヤやパーツ、車検・点検費用まで値上がりとなると、より厳しく節約する必要があるのです。

ドラクエ2をプレイ - ゲームは情報が無い方がおもしろい -

二日酔いのだるさを言い訳にして、貴重な連休の多くの時間をドラクエ2のプレイに費やしました。何と1日ちょいでロンダルキア到達です。何度もプレイしているので、記憶だけを頼りにロンダルキアの洞窟を抜けて、あの白い大地を目にしました。それほど感動はありません。まあFC版ではなく、難易度が大幅に緩和されたAndoroid版ですからね。

とっくにアンインストールしていましたが、一度買えば何度でもインストールして遊ぶことができます。ゲームソフトを所有する時代はもう昔の話なのですね。PS2にBBunitというネットワークアダプタとHDDが一体化した周辺機器が登場した頃、目新しさもあって、ゲームとネットでどのようなコンテンツが楽しめるのだろうとワクワクしていたのを今でも覚えています。しかし、通勤や仕事に取られる時間が増えてゲームをする時間が減ってしまい、今では全くしなくなってしまいました。

ドラクエ2をはじめてプレイしたのは小学校低学年の頃です。何ともアホな事ですが、ふっかつの呪文というセーブ機能を知りませんでした。ゲームをする度に最初からやり直していたのです。休憩をする時も電源を入れっぱなしで、驚くことに船を入手するところまでやった記憶があります。何時間やったのでしょうか。

ついでにいうと「そうび」も知りませんでした。スライムやおおなめくじ相手に延々と1ダメージ前後を繰り返していたのです。それでも楽しかったです。音楽も素晴らしく、とりわけ「遥かなる旅路」は本当に旅に出ているような、孤独で心細いような気分になって、いつまでも聞いていられました。

さすがに「そうび」する事は途中で気づいたと思います。与えるダメージが飛躍的に上昇し、感動した事でしょう。しかし装備品の値段の高さに絶望する事になります。FC版ではモンスターの落とすゴールド(お金のこと)は少なかったのです。けれども簡単には手の届かない装備品だからこそ、より欲しくなったものです。ダンジョン一つ攻略しただけでそこそこゴールドがたまっている今の仕様だと、装備を新調しても今一つ感動がありません。

何より今と昔で違っているのは情報の有無でしょう。今ではネットで簡単にゲームの攻略情報ーーダンジョンのマップや宝箱の配置、ボス攻略の手段ーーを知ることができます。情報を得るという点において、ネットは大変便利でありがたいものです。しかし私の意見という事を強調しておきたいのですが、攻略情報を見ながらやるゲームはただの作業です。報酬をもらえる作業ならば我慢してやりますが、余暇に楽しむためのゲームが作業になってはたまりません。(一応書いておきますが、ゲーム攻略情報サイトがダメだという事ではありません。攻略に行き詰った時には助かりますし、ゲームをクリアした後に見て、いろいろな発見があっておもしろかったりして、有用だと思います。ただ、利用の仕方には注意した方がいいと思うのです、あくまで私の意見です。)

ローレシアの城から旅のほこらで行った先の隣の島の町にはどうやったら行けるのか。風の塔はどうやったらたどり着けるのだろうか。金の扉の先の宝箱には何が入っているのか。これらは見えていても行けない事もあって、より想像力をかきたてられたのかもしれません。未知なるものがあってこそ、ゲームはより楽しめたのです。

自宅と会社が変わる - 今週のお題「変わった」

今週のお題「変わった」

会社と自宅がメインの居場所の私にとって、その両方が「変わる」ことは私にとって大きな出来事でした。

自宅が変わる

高校を卒業して家は出ましたが、いつかは帰ってきて実家で暮らすのだろうと漠然と思っていました。しかし、老朽化が原因で実家を処分する事になったのです。その頃は事情があってちょうど実家に帰ったばかりの頃だったのですが、とてもショックだったのを覚えています。

故郷は遠きにありて思うもの、とは言いますが、私は故郷や実家にとても愛着があったのです。引っ越した直後は新鮮さもあって楽しかったのですが、それもなくなると故郷が恋しくなってたまりませんでした。この気持ちは10年以上経った今でも変わりません。(引っ越しうつとはまた別なもののような気がします。)

会社が変わる

今まで4つの会社で働いた経験があります。多い方なのでしょうか? 全部ネガティブな理由で転職しています(笑)。

ちなみに一度も後悔した事はありません。会社の業績が悪いのを一従業員がどうこうできるものではありません。そりゃあできる限りの協力はしましたけれども、景気や流行などといった、どうしようもない要素に左右される事のある業界もあります。会社に合わせて自分まで沈むことは無いのです。……と、愚痴になってしまいました。

会社を変わるというのは、仕事内容・人間関係・職場環境を変わる事ですから、大変です。まともな転職サイトや書籍にもそう書いてあるはずですが、これはまあ実際に体験しないとわからないものです。でも私のような心配性の人間だと、実際の大変さよりも、転職の大変さを心配する事の方が大変(心理的負担が大きい)という事もあり得ます。覚悟を決めて臨めば、結構自分はやれるもんです。少なくとも自分でそう信じれば、です。

リラックスできる手段を

私の場合、自宅と会社の両方がほぼ同時に変わることがありました。こんな経験はもう無いとは思いますが、たぶん相当なストレスだった事でしょう。当時は若いから何とかなったのかもしれませんが、いずれにしろ自分がリラックスできる手段というのは必要だなあと感じる今日この頃です。

今の私のリラックス法は日帰り温泉に行くことです。アルコールの誘惑に負けてばかりなのが悩みどころですが。

怠惰な人間はAIに支配されるようになる

クロースアップ現代「ChatGPTの衝撃 異次元のAIとどう向き合う?」を観ました。

ChatGPTという言葉すら最近まで知らなかった私は遅れています。けれどもAIロボットによって仕事を失うという、けっこう最先端な体験をしています。

上の文章で何か川柳でも作れそうな気がしますが、ChatGPTに頼めば作ってくれるのでしょうか?

それにしてもクローズアップ現代の司会者さん、笑顔で興味津々にChatGPTの解説を聞く姿が印象的でした。すでにNHKはニュースの一部をAIによる自動音声で伝えています。ニュースキャスターは「AIにニュースを読んでもらって仕事が楽になった」と思っているのでしょうか? キャスターという仕事が不要になるとは考えないものでしょうか? ポジティブな人間はAIの未来を楽しみにし、ネガティブな人間はAIで仕事を失う未来を心配する、といったところでしょうか。

怠け者の私は、あらゆる労働はAIにしていただいて、ベーシックインカムの導入で仕事をしなくても生活費がもらえる時代にならないだろうか、と夢想してしまいます。仕事もしないで何をするのかというと、おそらくAI相手のゲームです。

仕事をしないで、ゲームばかりの生活を続けると、そう日もかからず認知症になる事でしょう。認知症にならないためにはどうしたらいいでしょうか? 答えはもちろん、ChatGPTに相談して教えてもらいます。

「友達がいない」から「友達はいらない」へ

今の私には友達がいません。高校時代に唯一いた話し相手が最後で、それより約25年友達がいないという事になります。会社で雑談するレベルでなら数人いましたが、それは友達とは違うと思います。

これでも昔、小学生の頃はたくさんの友達がいました。スクールカースト上位のグループにいたと思います。コミュニケーション力も今よりよっぽどあったような気がします。しかしそのグループには誰か一人をターゲットに決めてシカトするという慣習みたいなものが出来上がっていました。まあ陰湿なイジメでしょうね。ある朝、友達2人に普通に話しかけたらシカトされて、その2人が互いに顔を見合わせて意地悪く笑ったのを見て、ターゲットが自分になったのだと悟りました。先生や家族に相談するとか、何とか解決しようとする気は全くありませんでした。当時から物事に関してあきらめの境地にいたのですね。

それでも小学生・中学生の頃は友達というのは大事なステータスのようなもののように感じていましたから、カースト下位のグループにいました。下位だと性格的にもアレな輩もいるわけで(人の事は言えないのでしょうが)、結局そこでも仲間外れされるようになりました。その頃からもう人付き合いそのものをあきらめる気持ちになっていったように思います。

高校に入学した頃は大変です。孤立するのは恥ずかしい、怖いという気持ちは強くありました。幼なじみもほとんどいませんでしたし、新しい友達の作り方もわからなかったのです。何とか数人の話し相手を作ったのですが……。

気の合わない人と話す事がとことん嫌になりました。友達がいないというのは良くない事でしょうか? 無理して話したくもない人と話して苦痛な思いをするくらいなら、友達など私はいりません。

逃げるのも手である - 新社会人のニュースを観て感じること-

新社会人のニュース映像をよく目にします。フレッシュな人達のほほえましい光景と称して、ニュースキャスターは笑顔であれこれ語っておられます。しかし、とても残念ですが世の中にはブラックな会社もあるのも事実です。また、どうしても仕事が合わない、上司・同僚と合わないというケースもあるでしょう。実際に入社してみないとわからない事も多々あるため、ミスマッチというのは多かれ少なかれ出てくるものです。こうした場合のフォローとか対処法といった事はニュースでは取り上げられる事はありません。少なくとも私は見たことがありません。もっともそれはニュースで伝えるべき内容ではないのかもしれませんが。

新人として入社して、誰もが歓迎してくれるとは限りません。中には弱い立場の新人に対して、理不尽な態度を取る残念な人間も存在します。さすがに40半ばくらいの年齢の私だと、哀れな人だなあと逆に気の毒に思えたりするのですが、はじめて社会に出た人にそのような余裕はあるでしょうか? どうしてこのような不条理な事が起きるのか、悩んだりしないものでしょうか? 

どこかの受け売りで恐縮ですが、日本は一度レールから外れると戻ることは困難である、と言われています。レールから外れるというのは具体的に言うと、新卒で入った会社を離職する事、もしくは正社員から非正規社員になってしまう事を指しています。ゆえにすぐ退職、という軽はずみな行動は取りにくくなっています。確かに退職は慎重に検討するべきです。けれども極端な話でアレなんですが、レール上で押しつぶされるよりはマシなのではありませんか? 何事も経験とは言いますが、劣悪すぎる体験はトラウマにもなって、尾を引きます。もちろん自己責任になりますが、あまりにもひどい環境だったら逃げるのも大切な手段の一つだと思うのです。

 

お飾りになったメモ帳 - 40代で転職した男の失敗 -

今週のお題「メモ」

紙のメモ帳の画像

このご時世に、紙のメモ帳を使うとは

43歳にして転職して入社半年目の新人です。入社してまもなくの頃はそれはもう、ことあるごとにメモしていましたよ。なにせ、物覚えの悪さには自信がありますから。

自分が興味があることだったらどんどん覚えられるでしょう。しかし今就いた仕事は、生活のために仕方なくやっているもの。もちろん面接の時は、そんな本音はおくびにも出しませんでしたけどね。とりあえず「わかりました」と応えると相手の心証もいいでしょうから連発していたんですけども、実際はわかっていません(笑)。だって、教える側も暇じゃないですし、ただでさえ立場の低い私には「わかりません」だとか、あれこれ質問するというのは気後れしてできませんでした。

最近だとさっぱり職場でメモを取っていません。というのも新しい業務を任せてもらう事がなくなりましたから。入社して1か月目からそれほど成長していない事になります。そりゃあ多少効率よく、さらには適度に楽をする術みたいなものは身に着けましたけどね。胸ポケットには、お飾り同然のメモ帳は一応入っております。

メモというものが効果があるものなのか、率直に言ってわからないのです。あやふやだった記憶を確かなものにしてくれる事が期待できそうなメモ帳。しかしいつしかメモを取るという行為で満足してしまって、それを生かす事を考えていなかった自分に気づいたのでした。

花の良さがわからない

今週のお題「お花見」

井栗の桜並木の画像

新潟県三条市 井栗の桜並木

花見をするわけ

花見と言えば桜。美しいとは思いますが、結局は酒を飲むための口実が欲しいだけじゃないの? と疑ってしまう私です。花の良さがわからないのです。単純にきれいだとは思いますけどね。

コロナ渦になるずっと前から花見などする機会はありませんでした。記憶をたどると30年以上前の村松公園での花見でしょうか。当時は小学生でしたからなおのこと、文字通り花より団子でしたが楽しかったです。大勢の人とおしゃべりしながら食べるという事が、です。孤独のグルメなんていうのが流行っていましたが、一人よりも気の合う仲間と食べた方がーー料理そのものに集中する事は難しくなるかもしれませんがーー楽しいです。ゆえに私はおひとり様向きではない、のかもしれません。

桃園の誓い

三国志演義によれば、劉備関羽張飛漢王朝を復興させるために桃園で誓いを立てたそうです。今となってはそれが史実かは確かめようもありませんが、フィクションだったとしても何故に桃園なのか? 劉備の家ではどうして駄目だったのかがわかりません。張飛は特に酒好きだったようですから、結局のところ桃の花をさかなに酒が飲みたかっただけなのではなにのかしら、と邪推してしまいます。今の腐った世の中を正す、とはご立派な誓いです。しかし現代でも規模は小さくなりますが、今の会社を変えてやると大口を叩く酔っ払いの花見客はよく見かけます。花は関係ありますか?

桜も桃も、良さがわかりません。きれいだとは思いますけども。

コミュニケーション力が無いと会社ではずっと苦しい思いをする

25年ほど前、新卒で入った職場で挫折した私。原因の一つはコミュニケーション力が無かったこと、せめてそれを自覚してコミュニケーション力をつけようと努力すらしなかった事だったと考えています。

どうして努力すらしなかったのかというと、社会に出るーーつまり学校を卒業してお金を払う立場から、お金をもらう立場になるという事について甘く考えていた、というか全く考えていませんでした。学校といっても高卒ですが、何というか親元を離れたという事もあって抑圧されていたものからの解放感に浮かれていたのでした。本当は大変なのは入社してからなのに、です。

一つ愚痴を言わせて下さい。学生時代は勉強のできる人、また勉強に励んでいる人をからかって馬鹿にするような風潮がありました。何真面目にやっているんだよ、と。けれども会社に入った途端、仕事のできない人は徹底的に非難されるのです。今から考えれば勉強と仕事は全く違うものですし、甘い考えだという事もわかっています。しかし当時としては、この手のひら返しに言いようのない理不尽な気分を覚えたものです。

幸か不幸か、世間知らずの私は視野が狭く、会社を辞めるという選択肢がありませんでした。困ったであろう会社は、倉庫のような場所の作業職へ異動させる事にしました。異動先に挨拶に行った際、社長が気の毒そうに応対していたのを見て、改めて挫折した事を実感したのでした。

結局その職場には倒産するまで約11年ほど在籍しました。観光業で、業績うんぬんは社員一人の努力などではどうにもならない事だったでしょう。が、当時の私はそういう風に考える事ができずに何となく肩身が狭く、年々状況は悪化するばかり。無論、転職という考えもありましたが、これといったスキルも無く、コミュニケーション力も無く、何より最初の挫折体験から自信というものを完全に無くしていたため、現状に妥協するしかありませんでした。

私の挫折体験から言える事、それはコミュニケーション力が無いと会社という組織ではずっと苦しい思いをする、という事です。組織というものが人と人とのつながりで構成されている以上、コミュニケーション力は必須です。倉庫や工場などはコミュニケーション力は必要ない、というようなネットの記事をたまに見かけますが、そんなものは嘘っぱちです。少なくとも私の経験した職場(倉庫、工場)で仕事をする上で、コミュニケーションというものはとても重要なものでした。

キーボード、タッチタイピングの技術とショートカットキーの知識が欲しい

今週のお題「投げたいもの・打ちたいもの」

打つことで馴染みのあるものはキーボードぐらいです。投げたいものーー投げ出したいものは、仕事とか過去とか行動に移さない自分とか、ネガティブな事しか思い浮かびません。

コンパクトキーボードの画像

キーストロークの深めなキーボードが好みです

はじめてのキーボード

20年ほど前、初めてインターネットを契約した時の話です。ヨドバシカメラでYahooBBファイナルファンタジーXIスタートパックみたいなものを申し込んだら、安っぽいキーボードが付いてきました。それが人生初のプライベート用キーボードでした。

とはいうものの、その頃の私はタイピングというものが全くできず、PS2のコントローラーからの手打ち入力でチャットをしていました。どういうものかというと、ソフトウェアキーボードというものを画面に表示させて、入力したい文字を選んでチャットをするというものです。

やってみるとわかるのですが、とてもじゃありませんが他の人とチャットをするには不向きです。圧倒的にスピードが遅いのです。なにより日本語一字一字を選んで入力していくのは若い頃の私でも難儀な作業でした。

タピングの本を買う

自己流でタイピングができるようになるとは思わなかったので、素直にタイピングの本を買いました。その本は残念ながら誤って捨ててしまったらしく、今はありません。なかなかユニークな事が書いてあって、キーボードをチョコレートに見立てて頭の中にキーの配列をイメージする、というような事が書いてありました。初めはホームポジションから始まって、FJと少しずつキーを覚えていきます。どのくらい時間がかかったのかは忘れましたが、おかげさまでキーボードをいっさい見ないでチャットや文字入力をする、いわゆるタッチタイピングができるようになりました。

それでもタイピングをマスターしたわけではありません。QZXCV辺りの入力が使う機会があまりない事もあってか苦手で、そこで挫折した記憶があります。~やー、「」もキーボードを見て打っています。そのせいで本の後半に書かれていたショートカットキーの知識を得る事ができず、Alt+F4くらいしか知りません。

技術や知識はあった方がいい

20年経った今でもタイピングの技術やショートカットキーの知識は変わりません。勉強していないので当然の話です。たぶん無くても困らないものです。しかし知識とか技術というものはあった方がいいのは確実です。卑近な例であれですけれども、あまり使ってない指を使う事で認知症予防にもなるらしいですし。

昼食代の節約なら、コンビニよりスーパー

3種のおにぎりと和風おかずセットの画像

コンビニよりもスーパーの弁当の方が種類も多く、何より安い

モノの値段が上がっています。世の中は賃上げムードですが、私の行っている会社は昇給なし、残業も減ってきている状況です。そうなると支出を減らすしかありません。とりあえず思いついたのが、出勤日の昼食です。

年間休日数が112日、単純計算で1年で253日も昼食を買っているわけです。100円違うだけでも年間を通すと2万5300円の差額になり、バカにはできません。

コンビニで弁当やパンを買っていたのですが、コンビニ側の戦略にハマってコーヒーやらスイーツやら日常的に買うようになっていました。電子マネーだと支出しているという感覚があまりなく、レジに表示された金額をたまに見てびっくりする事も。

灯台下暗しで、私の通っていたコンビニのすぐ隣に24時間営業のスーパー(イオン)がありました。コンビニと同じ電子マネーが使えないのは不便ですが、弁当の種類は豊富です。早朝のコンビニは、弁当が日によっては1,2種類しかない事もザラでした。弁当がなければパンになるのですが、栄養面で心配がありました。そもそもコンビニ弁当自体あまりよろしくないようですが。

スーパーで昼食を買うデメリットは

  • 専用の電子マネーが必要
  • 売り場まで遠い
  • 種類が多すぎて迷う
  • 品出しや清掃時間とかぶり、買いづらい

この4点くらいです。しかし、電子マネーについてはsuicaが使えましたし、何よりおサイフケータイなのでアプリを一つ入れればいいだけの話です。売り場まで遠いのも朝の忙しい時間にはきついですが、余計なものを買わずに済むというメリットもあります。種類が多い事はメリットでもあります。

というわけで、昼食はスーパー(イオン)の弁当で決定しました。税込み321円。果物とスナック(栄養補助食品)を持参、飲み物はもちろん水筒(水)。これで十分満足です。

好きだった女上司 - 特別お題「今だから話せること」

特別お題「今だから話せること

私が20代の頃の、職場の女上司の話です。そもそも男性中心の業界というか、職種だったため、女性がいること自体が珍しかったです。

当時は転職直後で、色々な不安や不満、苦労もあったのですが、逐一やるべき仕事内容を指示してくれる会社だったので、ある意味すごく楽でした。なぜって、自分の頭であれこれ考えなくても、指示通りに動いてさえいれば良かったのですから。それはそれで面白くない面もあって、指示内容が悪いと同僚たちと上司の悪口を言ったりしたものでしたが、指示待ちが一番楽であるのは間違いありません。そしてこの楽な環境に長くいればいるほど、どんどん自分が駄目になっていきます。ほとんど何も考える必要がないのですから、能力が上がったり、成長するといった事がありません。ずっとこの環境にいるのならいいのでしょうが、転職して別の職場へ行ったりすると地獄を見ます。

そんなこんなで、楽ではあるものの不満もある職場で、女上司のもと働いていました。その女性は比較的フレンドリーで、あまり上から目線の人ではありませんでした。セクハラという言葉は当時からありましたが、パワハラという言葉はまだあまり聞かなかったような気がします。

精神年齢が低い私にはある意味権力をふりかざすような、パワハラに近いくらいの上司がちょうどいいと思うのですが、残念ながら友達感覚で話ができるような関係だったため、甘えが出るようになってしまいました。

無駄な私語、茶化し、さらには指示に従わないなど、今思い返せば言語道断な事ばかりです。解雇されてもおかしくない内容でした。別に男女差別という考えがあったわけではありません。上司が女性という事にも何の抵抗も無かったと記憶しています。それではどうして私はあのような態度をとったのでしょうか。

まだ幼い男の子が、好きな女の子にあえて意地悪をしてしまう事があるらしいです。今にして考えると、私の行動はこれらしいのです。普通に好きだと告白する選択肢はまるでありませんでした。もっともその頃の私の年齢は20代でした。その歳でそんな子供じみた真似を……こうやって書いている今も非常にばつの悪い思いでいっぱいです。

その女上司は本当に困っていた事と思います。管理職になりたてで、男性中心の職場で苦労も多かったと思います。本当に申し訳なかったです。

後にその女上司は別の部署に異動になり、しばらくして退職しました。私も退職・転職して、当然指示待ちで通用する環境などそうそうなく、苦労する日々です。

以上が「今だから話せること」で思いついたエピソードです。恥ずかしいやら情けないやら、穴があったら入りたい心境です。

セブンイレブンのスイーツたちと、甘党おじさん

今週のお題「あまい」

モーモークレープ

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最近のイチオシは塚田牛乳使用モーモークレープです。モーモークレープで検索すると色々な場所の牛乳を使用したものがあるようです。正直イチゴの酸味が苦手なのですが、それほどでもなく、さらにミルククリームで抑えられているので問題ありません。

クレープはもちもち感が重要だと思います。非常に素晴らしいもちもち感で幸せな気分になります。一種のフェチなのでしょうか。

引き合いに出してアレなのですが、バナナクレープと違って最後まで甘い世界に浸ることができます。バナナクレープはバナナに到達すると、急に現実に引き戻されるような感じがするのですよ。そうです、私にとってスイーツとは脳内を甘美な世界へ導いてくれるアイテムなのです。

ザクもち食感いちごシュー

ザクもち食感いちごシュー。酸味はそんなに強くありません。それにしても私は品種改良される前の酸っぱいイチゴしか食べたことがないのでしょうか。イチゴは酸っぱいものだというイメージから離れる事ができません。

ザクっとした食感は好みが分かれそうです。

窯焼きシューとろ生カスタード

窯焼きシューとろ生カスタード。シュークリームとは言わないのですね。生地が現実、中身のクリームが夢という意味不明の例えで恐縮です。クレープよりも甘さは控えられているので罪悪感は少なめです。それにしても、甘いものを食べるとなぜ罪悪感を覚えるのでしょうか。

おじさんとスイーツ

スイーツは好きなのですが、おじさんの私はスイーツ専門店には入りにくいです。先日も地元のスイーツ店に行ったのですが、職場のお土産を買うためという口実を作ってやっとの思いででした。店員に話しかけられるのは嫌なのですが、棒立ちでずっと見られるというのも苦痛なものです。よほど私が不審者に見えたのでしょうか(笑)。

最後に、非常に残念な事実ではありますが、甘いものは心と体に悪いようです。食べるのはほどほどに、自戒を込めて。

休日は有意義に ~ 私がとらわれていた「しなきゃ」

私がとらわれていた「しなきゃ」

北陸では久々の晴天続きです。普段は出不精な私でもこの陽気に誘われて外出したくなってきます。

月に一度の貴重な連休。有意義に過ごさなきゃ、楽しまなきゃ、というような強迫観念がつきまといます。家にずっといるのはもったいない、どこかへ出かけなければ、とあせって時間ばかりがあっという間に過ぎて、結局これといって何もしなかったというパターンで終わるのが常です。

仕事のある日は絶えず時間に追われて、私はのんびり屋なので作業が追い付かず、テンパりっぱなしで一日を終えます。ふと考えて、休日まで時間に急かされてちっとも楽しめていない、休めていない事に気づいたのでした。

たまには無計画でだらだらと過ごすのも大事なのではないだろうか、と考えるのです。そうじゃなければいつか体も心もまいってしまいます。特別楽しい事が無くなっていいんです。ただ、ゆっくりと過ごせる時間というのも今の私には貴重なものなのです。

 

私がとらわれていた「しなきゃ」

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